鵜沼宿

[ 散策ガイド ]

鵜沼宿

鵜沼宿は、江戸から数えて五十二番目の宿場です。 江戸時代は尾張藩領で、南へ約二キロメートルの木曽川対岸に国宝犬山城があります。 宿内には、神社や石造物、旅籠の面影を残す住宅などが残るものの、年々、周辺の近代化が進んできました。 そこで、町屋館(旧武藤家住宅)の修復、脇本陣の復原、宇留摩庵の修復、景観重要建造物(古い家並や酒蔵)の保存改修などが行われました。 また建物のほか、せせらぎ水路の設置、電線の地中化、案内板の設置、道路の美装化や安全対策が図られました。 こうした整備は、平成二十三年度までに完了し、鵜沼宿は往時を偲ばせる宿場町として再生されました。 今では、市の重要な観光資源として多くの人々が訪れています。
◆鵜沼宿から岐阜市境へ
この区間はほとんどが国道二十一号やその旧道と重複しているため、往時の面影を求めようとするには、非常に困難なものがあります。 かつては各務野の原野を通っていたのですが、現在は自動車の交通量も多く、商店街などの街並みに変わってしまい、中山道の面影はほとんどと言っていいほど残されていません。 鵜沼宿から岐阜市の加納宿までは、約十七キロメートルと距離が離れていたため、旅人や馬が休憩するための立場がいくつか設けられています。 中でも岐阜市境に近い新加納の立場は、近くに旗本坪内氏が陣屋を構えていたこともあり、街道の休憩場所として賑わいました。 現在では近世の家並みはなくなりましたが、かぎの手になった街道や石造りの道標などに往時を偲ぶことができます。一里塚もかつては三箇所にありました。 「山の前の一里塚」は、国道とJR高山線が交差するあたりにあったらしいのですが、現在では岩の上に石仏が安置されているだけで、「六軒の一里塚」と「新加納の一里塚」については、標識が残っているのみになってしまいました。

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