日吉神社から西へ400mほど行くと、新加納の一里塚跡があります。この辺りは江戸時代、立場と呼ばれる休憩所が設けられていました。
中山道鵜沼宿から西隣の加納宿までは、4里10町(約17km)もの長丁場でした。
そのため、両宿の間の中山道には5つの立場が設けられ、両宿のほぼ中間にあった新加納もその一つでした。
新加納は、領主であった旗本坪内氏の接待所としても利用され、正式な宿場ではないものの「間の宿」として宿場に次ぐ賑わいを見せていたものと考えられます。
文久元年(1861)、皇女和宮が通行の際、新加納で小休憩を取っています。
現在は、閑静な住宅地となっていますがカギの手状に曲がった通りが当時の面影を残しています。
◆所在地
岐阜県各務原市那加新加納町